母は男に逃げられるたび、「あんたの父親は王子様みたいな人だった」と話した。幼いころは目を輝かせていたが、段々聞き流すようになった。大人になって戸籍抄本を見たら母の名前しかなく、認知もされなかったんだなと少し傷ついた。
晩年の母は病床で「もう一度あの人に会いたい」と繰り返した。私の父のことだろう。「どこにいるの?」と聞いても「秘密」としか答えなかった母が、その日は違った。
「広場に埋まっている」
「え?」
「私もあの人と同じ広場に埋めてちょうだい」
それから何日も置かずに母は息を引き取った。私の腕を握った母の力は強く、食い込んだ爪の痕はお葬式が終わるまで消えなかった。
落ち着いてから母の遺品を整理していて、押し入れの奥に隠すようにしまわれた段ボールを見付けた。中には本が詰まっていた。古墳時代に関する専門書。その時代が舞台の小説や漫画。ガイドブックが何冊もあり、付箋が貼られているのは全部同じ古墳だった。今は広場になっている。
密かに取り分けておいた母の遺骨を持って、次の日、私は電車に乗った。ガイドブックにある埋葬されていた人の想像図はどことなく私に似ていた。
「20周年!もうすぐオトナの超短編」
峯岸可弥選 兼題部門(兼題:暴力) 投稿作
http://inkfish.txt-nifty.com/diary/2017/02/20-acd9.html
結果
http://inkfish.txt-nifty.com/diary/2018/07/post-5ad7.html
兼題部門(兼題:暴力)並選