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HOME > オレンジ宇宙制作室 > カラスの初飛行

カラスの初飛行

 ガレージの扉を開けると朝日が入る。俺は振り返って、機体を見上げた。新しい形の飛行機は、光を受けて黒く輝いている。
「やっと完成だ……」
 仕事の合間を縫って作業して、三年かかった。
 機体を軽く叩き、作っている最中からそうしていたように、話しかける。
「お前が飛んだら、デイジーに」
「あたしが何?」
「うわっ」
 横から声をかけられて驚いた。デイジー本人だった。
「何よ。そんなに驚かなくてもいいじゃない」
 デイジーは、不審げに俺を見ながらガレージの中に入り、手に持っていたバスケットを椅子の上に置く。
「朝ごはん」
 デイジーの家とは家族ぐるみの付き合いだ。去年祖母が亡くなって俺が一人になってからは、こうしてよく料理を持って来てくれる。
「どうせ徹夜したんでしょ? ちゃんと寝なきゃだめよ」
 小言が始まりそうな気配に、俺は慌てて遮る。
「それより、完成したんだ。見てよ」
「本当?」
 スカートを蹴飛ばすように駆けてくる。俺を見上げる瞳は、機体と同じように黒く輝いていた。
「良かったわね!」
 眩しい笑顔を見ていられなくて、飛行機に視線を移す。
「あとは名前だな」
 そう言うと、デイジーは機体に触れる。
「カラスみたいね」
「カラスか……」
「ふむ。なかなか良い名だ。気に入った」
 低い声が響いた。辺りを見回すけれど誰もいない。
「誰だ?」
 問いかけながら、予想はしていた。声に合わせて、触れている機体から振動が伝わってきていたから。
「どこを見ている? 目の前にいるだろうが」
「すごいわね。しゃべる飛行機なの?」
 デイジーが感心したように言う。
「まさか!」
「でもしゃべってるわよ」
「そうだ。話すことは飛ぶことくらい簡単だ」
「そんなわけないだろ。そもそも飛ぶかどうかもまだ」
「デイジー、私が飛んだらこの男と結婚してやってくれないか?」
 声は突然言った。
「この男がいつも言っていたのだ。私が飛んだら君に結婚を申し込むと」
 機体のどこを押さえたら、こいつの口が閉じられるんだ!
「お前は黙っててくれよ!」
「お前じゃない。カラスだ」
「カラス、いいから黙れ。俺が自分で言うんだから」
 デイジーに向き直る。彼女は呆れたような顔をしていて、ちょっと気力が萎えた。でも、ここでごまかすわけにもいかず、勇気を振り絞る。
「もしカラスが飛んだら、俺と結婚してほしい」
 デイジーは俺を睨んだ。
「飛べなかったら?」
「改良する。必ず飛べるようにする」
「何年待たせるつもりなのよ?」
「待っててくれるの?」
「知らない」
 そっぽを向くデイジーの頬が赤い。期待していいのか。
「大丈夫だ。待たせることはない」
 また低い声が響き、次いで、風が起こった。プロペラの回転音。
「二人とも下がりなさい」
 呆然と立ち尽くす俺をデイジーが引っ張って下がらせる。俺たちが離れると、開けたままの扉から滑るように、カラスは出て行った。あっという間に離陸する。
「どうなってるんだ?」
 朝日を反射させながら、淡い色の空をゆっくりと旋回する黒い飛行機を見上げる。
「燃料も入っていないのに飛ぶなんてありえない」
「それ以前の問題じゃないの?」
「いや、でも」
 言いかけたけれど、笑いがこみ上げる。デイジーを振り返ると彼女も笑っていた。
「ねえ、飛んでるわよ?」
「そう、飛んだ。だから、結婚してくれる?」
 デイジーは首を振る。一瞬絶望的な気分になったけれど、彼女は続けた。
「カラスが飛んだからじゃないわ。あなただから結婚するのよ」
 抱き付いてくる彼女を受け止めきれなくて地面に倒れたら、ちょうど真上をカラスが通って行った。

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