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 大事なものは蔵の中にしまうことにしている。
 そう言うと彼女は首を傾げた。
「大事なものって?」
「何だと思う?」
「セミの抜け殻とか?」
「違う」
「じゃ、ヘビの抜け殻」
「抜け殻から離れて」
 くすくす笑う声が暗がりに反響する。少しカビ臭い空気は冷えている。古い勉強机に座る彼女をそのままにして、僕は入口に戻る。ぎっぎっと、軋む床。
「君の大事なものは?」
「当ててみて」
「ダイヤのピアス?」
「ううん」
「ブランドのバッグ?」
「全然違う」
 僕は、僕の蔵から出て、格子扉を閉めて鍵をかける。
「僕の大事なものは君だよ」
 彼女はスキップするようにこちらに駆け寄り、格子扉に反対側から鍵をかけた。
「私の大事なものはあなた」
 僕が入っている彼女の蔵は、壁に沿って箪笥が並んでいて、真ん中に小さなソファがある。お香のような匂いがしていた。
 僕は格子の隙間から手を伸ばして、彼女の手を握った。見つめ合って、笑顔を交わす。
 僕らの蔵は格子扉で繋がっていて、外には出られない。
 僕も彼女も、大事なものは蔵の中にしまうことにしているのだ。

2014年8月21日
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