南中した満月が輝く絨毯を広げている路地を進む。道案内は痩せた黒猫だ。
あたしは小さなトランクに入る限りの着替えを詰めて、それだけを持って家を出た。本当なら箒くらい用意すべきなのかもしれない。でも家族に内緒で旅に出るのに、そんな大きなものはとてもじゃないけど作れなかった。
「どうする?」
路地に引かれた白いチョークの線の手前で、黒猫は立ち止まりあたしを見上げた。
「今なら引き返せるけど」
「いまさら、よ。もう決めてるの」
あたしは笑う。何度も練習した不敵に見える笑い方を試す。
そう見えたのかどうかわからないけれど、黒猫はうなずいてあたしの肩に飛び乗った。
「それなら、行こうか」
「うん」
あたしは線と平行にトランクを置く。そして、その上に座った。
まっすぐ見上げると満月。まぶしくても目をそらさない。
風が吹いて、スカートのすそがぶわっと広がる。あたしはつばの広いフェルトの帽子を飛ばないように左手で押さえた。黒猫はあたしの肩に軽く爪を立てた。
「行くよ」
そう言って、地面を蹴る。
トランクはあたしを乗せて急上昇した。
第61回タイトル競作【選評】△×
同人誌「djmv01」収録。