「ほら、君の好きなかぼちゃ。パイにしてみたんだ」
どうかな、と彼は微笑む。ベッドの上で体を起こした私にパンプキンパイの載った皿を差し出した。大きな扇型にカットされたパイはこんがりときつね色で、緩くホイップされたクリームが添えられている。断面に覗くフィリングにはナッツが混ざっているのがわかる。パイ皮のさっくりとした歯ごたえまで想像できそうだった。おいしそうで目が離せない。
そんな私を彼が目を細めて見ているのに気づいて、私は気力を振り絞って顔を背けた。
「いらない」
「マロンパイの方が良かったかな。それとも、スイートポテト?」
どれも食べたいけれど、そうじゃない。
「甘いものでごまかさないで! 本当のことを教えてよ! 私、本当は秋じゃなくて夏なんでしょう?」
「君は秋だよ」
「嘘! 秋がこんなに暑いわけないわ!」
彼は私をまっすぐに見た。
「君は秋だ」
強い言葉に私は何も言えなくなる。すると、彼はふわりと表情を緩め、私の頬を撫でた。
「君も僕と同じで、秋だよ。僕が言うんだから、絶対だ」
「だったら、なんでこんなに暑いの? 私がここにいるせいなんじゃないの?」
「大丈夫。君は何も心配しなくていい」
それから彼は、フォークで切り分けたパイを私の口に押し込み、残りの皿を私の膝に乗せた。
「夕食はキノコご飯とサンマにしよう」
それだけ言って部屋を出て行く彼を私は見もしなかった。パンプキンパイは思った通りにとてもおいしい。自分が秋か夏かなんてもうどうでもいい。私は一心不乱にパイを食べ続けた。
柔らかな檻、秋の欺瞞
2018年10月7日
製品カタログ掲載作
- #製品カタログ22「息の根」収録作
- #製品カタログ21「ペットボトルメール・横」収録作
- #製品カタログ20「夜のいずれか」収録作
- #製品カタログ19「パンドラ」収録作
- #製品カタログ18「初夏の描き方」収録作
- #製品カタログ17「彼と彼女のベクトル」収録作
- #製品カタログ16「無題、あるいは無題」収録作
- #製品カタログ15「クモマトグラフィー」収録作
- #製品カタログ14「ペットボトルメール」収録作
- #製品カタログ13「不思議な気持ち」収録作
- #製品カタログ12「冬の手ざわり」収録作
- #製品カタログ11「赤い糸、白い糸」収録作
- #製品カタログ10「はしばし」収録作
- #製品カタログ9「スプーントウド」収録作
- #製品カタログ8「かなかなの夜」収録作
- #製品カタログ7「無責任の心得」収録作
- #製品カタログ6「1295番目の空」収録作
- #製品カタログ5「花猫ロケット」収録作
- #製品カタログ4「8月サイダー」収録作
- #製品カタログ3「メランコリア」収録作
豆本掲載作
- #豆本「女の子たち」収録作
- #豆本「酸化と還元」収録作
- #豆本「きみがわるい」収録作
- #豆本「花だより」収録作
- #豆本「余白集」収録作
- #豆本「おいしい食卓の作り方」収録作
- #豆本「はしばし」収録作
- #豆本「季節の花シリーズ」収録作
- #豆本「柔らかな檻、秋の欺瞞」収録作
- #豆本「夕日向きの路地」収録作
- #豆本「キンモクセイ」収録作
- #豆本「スパンコール・ララバイ」収録作
- #豆本「あじさい染め」収録作
- #豆本「超短編豆本 2019年青ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 2017年夏ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 2017年春ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 2015年春ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 沈丁花ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 柊ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 紅葉ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 羊草ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 桜ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 朝顔ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 菖蒲ノ巻」収録作
- #豆本「冬の夜」収録作
- #豆本「お」収録作
- #豆本「小さな歯車」収録作
- #豆本「春の夜」収録作
- #豆本「羊とフェンス」「キウイ」「ケイトウ」収録作
- #豆本「赤いサファイア」収録作
- #豆本「蔵」収録作
- #豆本「オレンジ」収録作
- #豆本「初夏/みどり」収録作
- #豆本「ジャングルの夜」収録作
その他の印刷物・雑貨掲載作
シリーズで絞り込む
長編・連載モノなどは「カクヨム」に掲載しています。