この辺りでは見慣れない恰好の二人組は、日本から来たと話した。
「ずっと東の国さ」
「まぁ西にずっと行っても着くだろうけど」
客のほとんどが物珍しがって二人の話を聞いている。
「へー、そりゃまた遠くから」
「何のために?」
「世界中の狐を見てみたくて」
背の高い方が頭を掻く。
「狐? お前さんたちのとこにはいないのかい?」
「いやいや」
小太りの方が背の高い方を指差して、
「こいつが狐でね。自分みたいなのが他の国にもいないか知りたいんだと。俺はそのお供」
そして、にやりと笑う。
「日本の狐は化けるのさ」
隣の客が肩を叩いて、
「それじゃ、あんたは兎かい?」
「俺が兎だったら、出発した翌日にはこいつの腹の中だろうな」
「違いねぇ」
皆で笑う。
「あんたたち、もう一杯どうだい? ギネスでいいかい?」
「そうだ、日本ではこういうとき何て言う?」
日本から来た狐と狸は顔を見合わせ、手に持ったグラスを掲げる。
「乾杯!」
それを皆が真似して、かつて砦だった石組み以外は何もない丘で「乾杯」と声が響く。風が吹き抜けると、月光を受けた草が波のようだった。
「アイリッシュパブのほら話」への投稿作
小野塚力賞 受賞
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