少し先に立っていた女が急に両腕を横に広げた。あー酔ってるんだなーと思う。終電間際のホームも月曜日なら空いている。避けて追い越そうとすると、振り向いた女と目が合った。
「ねー、こっちにおもり載せてー」
間延びした口調で言う。左手には黒い鞄を持っていて、空いている右手を俺の方に差し出す。それがちょうどいい位置だったから思わず自分の手を載せてしまった。すると、ふらふらしていた身体がぴたっと止まった。
「あ」
小さく声をあげ、俺を見上げてにっこり笑った。載せていただけの俺の手をぎゅっと握る。
「電車乗ってて寝ちゃってねー、通り過ぎちゃったの、降りる駅」
聞いてもいないのに話し出す。広げていた両腕を下ろしたけれど、俺の手はそのままだった。
「なんか鞄が重くてー、すっごい重くって、それが良くないんじゃないかなーって思って」
俺たちが降りたのとは逆の電車が向かいのホームに入ってくる。乗り過ごしたならこれに乗らないといけないんじゃないだろうか。
「電車来たよ」
そう促すと彼女はそちらに歩き出したが、ちゃんと理解しているのか微妙だった。話を続けている。
「そしたらあなたがおもり載せてくれた。どうもありがとう」
ドアが閉まるアナウンスに構わず、俺を見上げて立ち止まろうとするから、仕方なく手を引いて一緒に電車に乗った。待っていたかのようにドアが閉まり、発車する。
「すごーい、電車揺れてもふらつかないよー。釣り合ってるからだー」
彼女はそう言ったけれど、俺が支えているだけだ。何度もすごいと繰り返す彼女が、とてもうれしそうに笑っているから、まぁいいかと思う。俺は本当はさっきの駅で地下鉄に乗り換えなくてはならなかったのだ。
素敵な分銅
2013年5月18日
製品カタログ掲載作
- #製品カタログ22「息の根」収録作
- #製品カタログ21「ペットボトルメール・横」収録作
- #製品カタログ20「夜のいずれか」収録作
- #製品カタログ19「パンドラ」収録作
- #製品カタログ18「初夏の描き方」収録作
- #製品カタログ17「彼と彼女のベクトル」収録作
- #製品カタログ16「無題、あるいは無題」収録作
- #製品カタログ15「クモマトグラフィー」収録作
- #製品カタログ14「ペットボトルメール」収録作
- #製品カタログ13「不思議な気持ち」収録作
- #製品カタログ12「冬の手ざわり」収録作
- #製品カタログ11「赤い糸、白い糸」収録作
- #製品カタログ10「はしばし」収録作
- #製品カタログ9「スプーントウド」収録作
- #製品カタログ8「かなかなの夜」収録作
- #製品カタログ7「無責任の心得」収録作
- #製品カタログ6「1295番目の空」収録作
- #製品カタログ5「花猫ロケット」収録作
- #製品カタログ4「8月サイダー」収録作
- #製品カタログ3「メランコリア」収録作
豆本掲載作
- #豆本「女の子たち」収録作
- #豆本「酸化と還元」収録作
- #豆本「きみがわるい」収録作
- #豆本「花だより」収録作
- #豆本「余白集」収録作
- #豆本「おいしい食卓の作り方」収録作
- #豆本「はしばし」収録作
- #豆本「季節の花シリーズ」収録作
- #豆本「柔らかな檻、秋の欺瞞」収録作
- #豆本「夕日向きの路地」収録作
- #豆本「キンモクセイ」収録作
- #豆本「スパンコール・ララバイ」収録作
- #豆本「あじさい染め」収録作
- #豆本「超短編豆本 2019年青ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 2017年夏ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 2017年春ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 2015年春ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 沈丁花ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 柊ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 紅葉ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 羊草ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 桜ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 朝顔ノ巻」収録作
- #豆本「超短編豆本 菖蒲ノ巻」収録作
- #豆本「冬の夜」収録作
- #豆本「お」収録作
- #豆本「小さな歯車」収録作
- #豆本「春の夜」収録作
- #豆本「羊とフェンス」「キウイ」「ケイトウ」収録作
- #豆本「赤いサファイア」収録作
- #豆本「蔵」収録作
- #豆本「オレンジ」収録作
- #豆本「初夏/みどり」収録作
- #豆本「ジャングルの夜」収録作
その他の印刷物・雑貨掲載作
シリーズで絞り込む
長編・連載モノなどは「カクヨム」に掲載しています。