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春のターン

 東の空に浮かんでいる月がとても大きい。真っ暗な中でそこだけ丸く明るい様は、縮尺の間違った書き割りのようだ。
 両手で作ったファインダーに収める。
 一歩前を歩く彼が振り返り、どちらからともなく立ち止まった。
 渋滞の国道は赤いテールランプが並ぶ。風がハナミズキを散らし、歩道を白い水玉模様にする。埃っぽい空気にモッコウバラの匂いがかすかに混ざっている。少し肌寒くて、私はパーカーの袖をひっぱった。
 私は彼の視線を捉え、距離を測った。彼は私の手を取り、距離を測った。
 どうすべきか一瞬迷う。どうしたいのか。
 しかし、後ろから自転車のベルの音が聞こえ、私の逡巡に構わず、彼は私を引き寄せた。
 追い越していく自転車を見送ると月が視界に入った。それはほんの少しだけ欠けていて、私は不安になり、気がつくと彼の体を押し返してしまっていた。

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