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黒猫と少女

 黒猫が鳴いている。鳴き声に気付き外を見たら、庭の隅に座っていたのだ。
 祖父が住んでいた一軒家を譲り受けて住み始めて二日目。今まで一度も見かけなかったし誰からも聞いていないから、祖父が飼っていたわけではないと思う。しかし、野良猫にしては綺麗な毛並みだった。
 猫はこちらに背を向けて、塀の外に向かって繰り返し鳴いていた。気になって庭に出ると、ごめんくださいと声がした。門の向こうから中学生くらいの少女が覗いている。
「ユキちゃん、来てませんか?」
 目が合うとそう聞く。私は微笑んだ。黒猫のことだろう。真っ黒なのにユキちゃんとは。
「黒猫ならいるよ」
 猫のいる方を指差すと少女はほっとした表情を見せた。入っていいからと言って猫を引き取ってもらう。猫は少女の腕の中で少し暴れたが、すぐにおとなしくなった。少女は何度も頭を下げながら帰っていった。
 ちょうど一週間後、同じ場所で黒猫が鳴いていた。何かあるのだろうかと庭に出ると、また少女がやってきた。
「アンちゃん、来てませんか?」
「アンちゃん? あの猫のこと?」
 私の視線を辿って猫を見つけ、少女は笑顔でうなずいた。私には違いがわからないけれど先週とは違う猫だったのだろうか。鳴き止まない猫をぎゅっと抱きしめて、少女は嬉しそうに帰っていった。
 次の週もまた次の週もそのまた次の週も、黒猫が庭にいた。そして同じように少女が迎えに来た。ただ、毎週名前が違う。
 何か月か続いた後、私は聞いてみた。
「君んちは黒猫何匹飼ってるの?」
 少女はにっこり笑ってこう答えた。
「週に一匹だけですよ」
 そのとき猫が一際大きな声で鳴いたのが、いつまでも耳に残った。

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