伯母の家の庭には大きな木があった。二階の屋根より高い。
「何の木なの?」
縁側に座る伯母に聞くと、のんびりした声が返ってきた。
「さあ? 何だったかしら。花は咲かない木よ」
「ふぅん」
楓によく似た葉っぱが茂っている。幹を触るとずいぶん滑らかだった。
突然、日が翳った。何事かと思って見上げると、太陽を遮って大きな手が迫っていた。手は木から生えている。逃げようとする間もなく、私はその手に捕まった。全身を包み込まれ、木から吊り下げられる。
指と指のわずかな隙間から外を見ると伯母が手を振っていた。
「最近は蛹になる方法を知らない子どもが多いから、こうして手伝ってあげてるのよ」
「蛹?」
「あなたはどんな大人になるのかしら。楽しみね」
隙間が閉じる寸前にそう聞こえた。青葉の匂いが闇に充満している。ここは温かい。
2010年4月 発行「東京グルタミン」2010年春号。テーマ「緑(green)」