彼は私の餌としてこの檻にやってきた。彼はそれを知らない。だから、一緒に逃げようと言ってきた。
「僕はできそこないだけど鳥だから」
私は何も言わなかった。
「大丈夫」
私の無言をどう解釈したのか、彼は笑顔でそう言う。するとまもなく、ぶしゅぶしゅと嫌な音がして彼の背中から何かが生えてきた。二つの象牙色が濡れて光っている。白い肌を透明な体液が伝い落ちる。突き出した何かは伸び続け、細かく枝分かれしていき、翼のようになった。羽毛はない。鹿の角をもっとずっと繊細にした細工物のようだった。
彼は私を抱きしめた。彼の翼はかたかたと乾いた音を立てながら羽ばたいている。私と彼の体がわずかに浮いた。飛んだと思った。瞬間、落ちた。天窓まではずいぶん遠い。それほど高く上がっていなかったから私は痛くはなかったけれど、彼の翼は粉々に砕けた。殺風景だった床に宝石のように散らばる。その中心に私を抱きかかえたまま、彼は倒れていた。
「ごめん」
彼の声が小さく響く。その悲しい声で私の空腹は満たされる。
ここから出られなくても私は構わないのに。そう言う代わりに私は彼の胸に顔をうずめた。
食事の時間
2008年7月31日
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