長閑なはずの森が荒らされていた。金属がぶつかる音。人の声。魔女の眷属となった猫には、時折、木々の叫びも聞こえた。
魔女が気付いたときにはすでに家は武装した兵士に囲まれていた。扉に鍵をかけ、防御の魔法を施すだけで精一杯。それほど長くもつものではない。
「あなたにはお使いに行ってほしいの」
猫を抱き上げて、魔女はその首に光る木の実をかけた。
「これを届けてね」
魔法樹の実は願いを聞いてくれる。ただし、叶えてくれるかどうかはわからない。叶ったとしても、いつになるのかわからない。
今すぐ必ず願いが叶うなら、どれだけ良かったことだろう。
猫は抵抗した。お使いなんて嘘に決まっている。
「ダメ。おとなしくして」
魔女は猫の額を軽く突く。それだけで猫は動けなくなった。魔女は手早く魔法陣を描くと、猫を乗せた。意識を失う前、猫が最後に見たのは魔女の笑顔だった。
「あなたに幸せが訪れますように」
遠くに飛ばされた猫は必死で魔女の家を目指した。けれども、やっと帰り着いたときには家もなく、魔女もいなかった。
猫はぐったりと倒れこむ。魔法樹の実がころんと転がった。
「おかえりなさい」
猫は懐かしい声に目を開ける。そこには魔女がいた。最後に見たときと変わらない。
「お使い、ありがとう」
魔女に抱きしめられると、自分がみるみる元気になっていくのがわかった。
時間が巻き戻っている。
驚く猫に魔女は微笑んだ。
「今度は一緒に幸せになりましょうね」
魔女が願った猫の幸せは、魔女の幸せでもあったのだった。
本田モカさんの「魔法樹の実」という作品のおまけペーパーに掲載される「魔法樹の実のお話」のひとつとして書いたもの。
※ペーパー掲載作はこれよりもちょっと短いバージョンです。