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夏の夜

「ドアの外に何かいますよ。生きているやつです」
 それに答えるように、乾いた軽い羽音が聞こえる。
「あなたは?」
 ノブから手を離し、私は振り返る。
「あなたは生きているんですか?」
 彼はただ微笑むだけで、それが肯定なのか否定なのかわからない。
 強く睨むと、宥めるように両手を広げた。
「どちらだと思います?」
「わからないから聞いているんです」
「どちらだったら良いと思いますか?」
 彼の顔から笑みが消えた。私に一歩近付く。
「あなたは僕が生きていた方が嬉しい?」
 思わず後ずさると背がドアに当たった。ずっと聞こえていた羽音が途切れる。彼の暗い双眸が私を見つめる。私は動けないまま、それを見上げる。彼の冷たい指が、私の髪を払い、首筋を撫でる。私は小さく震えた。
 どちらがいいかなんて、わからない。
「教えて」
 それを言ったのは、彼だったのか、私だったのか。もう、それすらわからない。
 目を閉じると、微かに雨の匂いがした。

2015年8月22日
豆本掲載作
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