桜の花びらだと思ったのだ。
風に乗って飛んでくる薄ピンクの切片を、空中で掴み取る。手のひらを開くとスパンコールだった。
桜の木を見上げると、私の頭よりも高い枝に、すらりとした女が座って歌っていた。何の歌かはわからないけれど懐かしいと思った。細い素足がリズムを取って揺れると、白いスカートの裾がキラキラと光った。
「綺麗ですね」
歌が終わるのを見計らって声をかける。彼女は驚いたようにこちらを見た。それから、微笑んでうなずくと、桜の木に視線を向ける。桜だけを評したのではなかったけれど、わざわざ訂正するのも野暮な気がしてやめた。桜は確かに綺麗なのだから。
私も彼女に倣う。
曇り空と花の境界線がわからず、どこまでも桜に見える。さわさわと花が囁き合う。霞んだ視界が蠢いている。甘い空気がまとわりつく。桜の天井に押しつぶされそうだ。
目を回しかけてふらつくと、女がくすくすと笑った。それで花のざわめきが止む。
女はまた歌いだす。彼女が足を揺らすと、スパンコールが舞い散った。軽やかに回りながらチカチカと光り、私は眩しさに目を閉じた。そうして瞼の裏に残る光を見ていると、何の歌だかようやく思い出せた。
「母さん」
そう呼びかけると女の歌声がわずかに掠れた。
スパンコール・ララバイ
2015年3月30日
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