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座席の下の手

 電車の中で携帯の画面を見ていて、視界の端で何か白っぽいものがちらちら動いているのに気付いた。視線をずらすと、向かいに座るおじさんの足元に小さな手が見える。細い腕は子どものようだ。しかし、いくら子どもでも座席の下に隠れられるスペースはないだろう。動いている様子は人形やロボットの類には見えない。
 小さな手はおじさんのズボンに何かを付けていた。目を凝らすと洗濯バサミだった。ピンク、黄色、水色、またピンク。腕の付け根は座面の裏に伸びていて、そこから洗濯バサミを持って出てきてズボンに付けて、また座面の裏に引っ込むのを繰り返している。おじさんは気づいていないらしく本を読んでいた。あっけにとられて、私はそれをただ見ていた。
 駅に着いて、おじさんが立ち上がる。ズボンにはふくらはぎから裾まで綺麗に洗濯バサミが並んでいて、たてがみかフリンジのようだ。私は思わず吹き出してしまった。おじさんはそのまま電車から降りていく。向かいの座席の下では小さな手がバイバイしていた。

2011年12月12日
豆本掲載作
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