歩道の方を見ていた彼女が何か呟いた。
「何?」
「え?」
「何か言ったでしょ?」
「あーうん。あかるいねって」
信号が青に変わって、僕は車を発進させる。
彼女が呟いたのが本当は別の言葉だってことに、僕は気付いていた。でもそのまま話を合わせる。
「もう春だね」
「そうね」
彼女はまた歩道の方に視線をやる。
僕らは同じ方向に進んでいるのに別々の方向を見ていた。
日差しがまぶしくて、間違えたドアを開けてしまったような不安な気持ちになる。
「あかるいね」
彼女が言わなかった言葉を僕も言わなかった。
「あかるいね」
創作家さんに10個のお題
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