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雨が降る夜

 こっそりと窓から抜け出して、あたしは雨の中を走る。今夜は待ちに待った雨だった。
 お気に入りのセーターの上にコートを着て、その上に雨合羽を着た。靴は新品の赤いラインの入ったスニーカー。今日のために用意したのだ。
 あたしはバス停まで全速力で走った。
 コートのポケットには六十分のカセットテープ。録音されているのは魚の寝息だ。
 バス停に着いたときには、スニーカーはぐしょぐしょになっていた。ジーンズのすそも泥だらけだ。帰ってきたらお母さんに見つからないように洗濯機に放り込まなくてはならない。そう考えてあたしは小さくため息をついた。
 バス停にはもう何人も子どもが並んでいて、あたしはその最後尾につく。知ってる子はいないみたいだった。
 前の子があたしに気づいて振り返る。三つ編みの女の子だ。
「ね、何持ってきたの?」
 その子はあたしにそう聞いた。
「魚」
「私、ふくろう」
「えっすごい。どうやったの?」
「秘密」
 ふくろうは珍しい。彼女は得意そうに笑った。
「一週間分くらいになるんじゃない?」
「たぶんね」
「すごい。いいな」
 あたしなんてせいぜい二日分だ。それでも、あたしには十分だ。
「交換した時間で何するの?」
「あのね」
 あたしの質問に彼女は小声で答える。
 耳をすませたあたしに、水を跳ねる音といっしょにエンジンの音が聞こえてきた。バスがもうすぐ到着する。
 あたしたちは顔を見合わせて笑った。

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